−−−−−−−南アルプス縦走−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−2011.02.01   滝沢国雄

 私が小学校時代を過ごしたのは東北の城下町、青森県弘前市だった。冬には屋根から下ろした雪が窓をふさいでしまう 積雪地帯、炬燵に入って過ごす4ヶ月は植物図鑑、昆虫図鑑、魚類図鑑が見飽きることのない愛読書になっていた。
 家を出て、父親が教鞭をとっていた舊制弘前高等學校の桜のみごとな土手沿いに進み、 岩木山を右に見ながら1時間ほど歩くと笹森山という標高100m程の小さな丘が三つあった。その麓には鮒や鯰の釣れる池が 散在し、冬には絶好のスキー斜面になって小学校内のスキー大会が開かれていた。そのころの主な交通機関は、馬車・馬橇 だったから、春になると、山の方から馬糞をいっぱい含んだ雪解け水がやってきて、厚く凍結した市街地の道路の氷を溶かして いった。
 雪国の春は、緑の草の芽がとてもうれしい。母親に草や虫の名を習い、アサツキ、ヨメナ、カンゾウ、スベリヒユ、ツクシ、 アカザ、セリなど、太平洋戦争の後の食糧不足を補う食草を採り、蝶や、甲虫(庭で母と見つけた黄金色に光るジンガサハムシ が懐かしい)を追った。父親には川釣りを習い、近くの池、弘前城の堀や岩木川などで釣った鮒、鯰、どじょうなども 大切な食料で、白焼きにしたものは甘露煮などにして正月のご馳走になった。(画像:岩木山)

   そんな生活を送って小学校5年を終えると、茨城県水戸市の郊外、雑木林を切り開いた茨城大学の官舎に転居した。 田圃と川と雑木林、時々、小さな1両の電車が走る自然いっぱいの田舎で、学友達と川に網を張って、鯉、鮒、雷魚、鰻など を捕り、漆にかぶれて山栗を拾い、オオムラサキやカブトムシ、クワガタムシを追う毎日だった。(画像:雑木林)
 中学2年からは、多摩川下流、大田区鵜の木の母親の実家で親戚5家族20人一緒の東京暮らし。まだ緑いっぱいだった 多摩川べりの生活は、相変わらず自然の中で、蝶を追ったり多摩川のハゼ釣りや蜆採りなど。そして叔父に連れられて従兄弟たちと 初めての山登りは秩父の棒ノ折山で、学生時代には山好きの友達に誘われて、ぽつぽつ奥多摩、大菩薩などへの山歩きを始めた。


   時は過ぎ、結婚した私たちは信州・霧ヶ峰高原に小さな小屋を造り、東京・日野市の多摩川べりに家を建てた。 そこには私が水戸の雑木林や大田区の多摩川べりですごしたのと同じ様な自然環境があって、子供達と一緒に川で魚を捕り、 ネットを持って蝶を追い、きのこを採り、花咲き乱れる高原を歩いた。家族は夏休みや年末年始を信州で過ごすのが普通のことになった。 (画像:花の霧ヶ峰高原)

 満55歳になって、残りの人生を豊かな自然環境の中で過ごそうと思い、会社勤めを辞めて小さな宿をはじめた。 この転身を驚く友人や、サービス業には向いていないと反対する人もあったし、会社では前代未聞の転職と言われていたそうだ。 でも、私は宿をやりたかったわけではなく、自然の中で過ごしたかっただけ、向いていないと言われても他にできそうなことは なかった。子供の頃からの自然の中の暮らしが、行き着くところに行き着いたのだろう。そして信州の高原に住み着いてもう 16年余、すばらしい自然にとけ込んだ毎日を満喫している。(画像:ゼフィールの窓から蓼科山)


 さて、山登りだが、ふりかえってみれば、最初の山らしい山は大学4年の夏(1961.7)、高校時代の友二人と行った 2泊3日の尾瀬の山旅、そして、日本百名山の最後は、夫婦で歩いた北海道の北端に聳える利尻山(1999.9)であった。
 山国信州に住み着いて16年、はじめは夫婦で、その後一人で引き続き周辺の山をはじめ、日本の2800m以上の山踏破など あちこちの山を歩いた。「どの山がよかったか」と尋ねられても答えるのは難しく、それぞれに思い出に残る山歩きであった。

 では、今回のテーマ、「南アルプス」 の思い出深い登山記録を、南から北に向かって辿ってみよう。南アルプスに 出掛けたのは16回、山を歩いた日数は49日になった。
 山歩きなどに余り関心のない方は、インターネット版で山の写真をどうぞ!

1.易老渡−−光岳(2591m)往復:1997.10.19〜21
遠山川と朽ちた吊り橋 −−−−−−−−−−−−−−−−− 遠山郷の霜月祭     

 午後、二人で光岳に向け出発、明日も好天のようだ。南信濃村本谷口から林道に入り車中泊。すぐ先で林道不通。
翌朝 迂回路で北又渡経由易老渡へ。遠山川を渡ると、ただひたすらの急登4.5時間で山頂(昼食)、真新しい熊の糞があった 。晩秋の山道を辿って光小屋(無人)へ、テカリ石を往復して宿泊。富士、聖、上河内岳から南ア南部の山々、 やや左に遠く仙丈も見えた。雲一つない晴天、夜は強風、シュラフに潜り込みホッカイロをつけても寒い。 帰途、イザルガ岳に立ち寄って下山、日本のチロルと呼ばれる急斜面の村、下栗の里に立ち寄って帰る。南信濃に伝わる 遠山郷の霜月祭は、12月に地区毎の社で行われるすばらしい祭り、一度出かけてみませんか。
 記録:
 10/19 霧ヶ峰==南信濃村(車中泊)
 10/20 南信濃村==易老渡7:15−−12:00易老岳−−14:30光小屋(泊)テカリ石往復
 10/21 光小屋−−イザルガ岳−−易老岳−−易老渡==下栗==霧ヶ峰


2.易老渡−−茶臼岳(2604m)−−上河内岳(2803m)−−便ヶ島:2010.07.22〜24
兎岳・聖岳・赤石岳・悪沢岳・上河内岳 −−−−−−−−−−−−−  タカネバラ・茶臼岳にて         

 単独行、先日の大雨で下栗の山道は出水や土砂流出の跡が多い。易老渡の駐車場には車15台、5時出発、 易老岳までの4時間あまりの急登は2度目。稜線に出ると緑一色の穏やかな道、希望峰から立ち寄った仁田岳はハイマツの きれいな明るい山頂。茶臼岳で兎岳、聖岳、赤石岳、悪沢岳などの眺望を楽しんで茶臼小屋へ、夕食が豊かで美味しかった。 翌日、朝の上河内岳は快晴、遠く浅間山の噴煙まで見えた。聖平(鹿の食害でお花畑は全滅)をのんびり歩いた後、 西沢渡へは膝の痛くなる長い下りで予想外に時間がかかった。西沢渡に新しい籠渡しができていて、足をぬらさずに渡る ことができた。遠山川には釣り人がかなり入っていた。
 記録:
 7/22 霧ヶ峰==飯田市南信濃・易老渡(車中泊)
 7/23 易老渡5:00−−易老岳−−希望峰(仁田岳往復)−−茶臼岳−−13:30茶臼小屋(泊)
 7/24 茶臼小屋5:15−−上河内岳−−聖平−−西沢渡−−便ヶ島−−易老渡13:00==霧ヶ峰


3.畑薙−−聖岳(3013m)−−赤石岳(3120m)−−椹島:1977.07.21〜07.26
    聖岳      −−−−−−−−−−−−−        中盛丸山から大沢岳への稜線

 勤め先の仲間たちと、東京から夜行列車で金谷に行き、畑薙の大吊橋から登り始めたが、睡眠不足で道ははかどらず 茶臼小屋に辿り着けず、横窪沢小屋までが精一杯。
第2日 横窪沢小屋から茶臼小屋への急登、茶臼岳を往復して上河内岳へ。聖平露営地までは長い下り、聖平小屋泊。
第3日 早起きして、聖平小屋から小聖岳を経て聖岳へ。赤石、荒川、塩見、仙丈など南アルプスの高峰が見渡せた。 中盛丸山を越えて百間洞山の家に下る。
第4日 百間洞山の家から赤石岳に登って赤石小屋泊。暑い日で赤石への最後の登りがきつかった。
第5日 メンバーの一人が体調を崩し、赤石小屋から椹島までの長く急な下り坂をゆっくり下り、救急車で椹島から静岡へ、 新幹線で東京に戻った。
 記録:
 7/21−22 東京++金谷++井川==畑薙第1ダム−−12:45横窪沢小屋泊。
 7/23 横窪沢小屋−−8:45茶臼小屋−−茶臼岳−−13:20上河内岳−−聖平露営地、聖平小屋泊。
 7/24 聖平小屋5:10--6:45小聖岳−−8:40聖岳−−兎岳−−中盛丸山−−百間洞山の家泊。
 7/25 百間洞山の家−−9:50赤石岳10:15−−赤石小屋泊。
 7/26 赤石小屋5:50−−椹島==畑薙第1ダム==静岡++東京。
 

4.便ヶ島−−聖岳(3013m)−−赤石岳(3120m)−−荒川岳(3083m)−−三伏峠−−塩川:2003.09.01〜09.06
大聖寺平から荒川岳 −−−−−−−−−−−−−−− 荒川中岳からの富士山

 単独行(送迎つき)、飯田から三遠南信道で下栗経由易老渡へ。 広い駐車場に車数台(泊) 車で便ヶ島まで送ってもらい出発。西沢渡は水量多く靴を脱いで渡った。針葉樹林の急登4時間は予定より早く薊畑、 トリカブト、キオンなど咲く中で大休憩して聖平小屋(3人泊)へ。小屋の夕食は寂しいカレーライスだけ。
 9/03快晴、聖平小屋から小聖岳、前聖岳に登ると朝の富士山の眺めがいい。奥聖岳を往復、途中いいお花畑がある。 兎岳(東)で昼食、中盛丸山、大沢岳と稜線を歩き、ガラ場のきつい下りを百間洞山の家へ。3人泊、いい小屋だ。
 9/04晴、百間洞山の家から百間平、赤石岳へ、富士、北ア、中ア、御嶽、恵那などの眺めがいい。 小赤石岳を越えて大聖寺平で昼食、荒川小屋泊の予定変更して中岳まで足をのばした。中岳避難小屋は1人泊、塩見岳の眺めがいい。
 9/05 朝焼けの富士、悪沢を見て出発、高山裏、板屋岳あたりはきのこを採りながら歩いた。小河内岳を過ぎる 雲が出てきて、烏帽子岳を経て三伏峠小屋に13:30着。
 9/06霧、三伏峠小屋から塩川土場に下ると快晴、車待ち1時間余、長谷村の温泉に浸かって帰宅。
 記録:
 9/01 霧ヶ峰==飯田==南信濃・下栗==易老渡(車中泊)。
 9/02 易老渡==便ヶ島5:35--6:20西沢渡6:35−−10:35薊畑(大休憩)11:35−−12:00聖平小屋泊。
 9/03 聖平小屋5:40−−6:55小聖岳−−8:00前聖岳−−8:15奥聖岳往復8:40−−10:25兎岳(昼食)10:45 −−12:20中盛丸山−−13:00大沢岳−−14:00百間洞山の家泊。
 9/04 百間洞山の家5:50−−6:45百間平−−8:50赤石岳−−9:30小赤石岳−−10:15大聖寺平(昼食)10:40 −−11:10荒川小屋11:20−−13:00中岳避難小屋(泊)
 9/05 中岳避難小屋5:30−−高山裏7:40−−板屋岳8:40−−11:00小河内岳11:15−−12:30烏帽子岳--13:20三伏峠小屋(泊)
 9/06 三伏峠小屋5:55−−尾根取付き7:45−−8:30塩川土場==霧ヶ峰


5.塩川−−三伏峠−−塩見岳(3047m)往復−−悪沢岳(3141m)−−転付峠−−新倉: 1968.07.20〜07.24
塩見岳遠望 −−−−−−−−−−−−−−− 悪沢岳にて

  勤務先のグループで南アルプス4泊5日。重いキスリングの上にトマトを一箱乗せて体重の半分の重さ、峠まで 一歩ずつ足を運んだ初日。2日目は三伏峠から塩見往復ののんびりした一日、オダマキ、ハクサンチドリ、ハクサンイチゲ、 グンナイフウロなど花盛り。塩見からは中ア、御嶽、北ア、南ア北部、富士山の大展望。3日目は荒川岳を目指し、 高山裏露営地から、10歩毎に休むきつい登りで着いた荒川前岳にはオヤマノエンドウなどすばらしい乾性のお花畑。 荒川小屋でゆっくり休養した翌日は、悪沢岳、千枚岳を越えて二軒小屋への長い下りで転付峠のテント泊、 そして新倉へ下山。
 記録:
 7/20 伊那大島==塩川−−三伏峠(テント泊)
 7/21 三伏峠から塩見往復(テント泊)
 7/22 三伏峠−−烏帽子−−小河内−−板屋−−荒川前岳−−荒川小屋泊
 7/23 荒川小屋−−中岳−−悪沢岳−−千枚岳−−マンノー沢の頭−−二軒小屋−−転付峠(テント泊)
 7/24 転付峠−−広河原−−新倉==身延


6.塩見新道−−塩見小屋往復(蝙蝠岳(2865m)をめざして):2005.06.27〜06.29
三峰川にて −−−−−−−−−−−−−−− 塩見小屋にて

 夕食後出発単独行、空梅雨の様相、晴れ間をねらって南アルプスの蝙蝠岳を目指し長谷村ざんざ亭前に車中泊。
 6/28 4:00すぎ起床、三峰川林道に入り大曲に駐車。大曲6:00出発、巫女淵辺りの三峰川対岸のプールに大岩魚2匹。 大黒沢登山口から塩見新道の急登は予定より早く4.5時間、途中樹林帯は倒木も多く歩きにくい。権右衛門岳巻き道(稜線) で一息ついて塩見小屋、予定より早く着いた。 静かな山道、古いスタイルの山小屋がとてもいい。 
 翌日は3時頃から激しい雨、4:30朝食、梅雨前線がかかって来て明け方から激しい雨になり、塩見岳を越えての 蝙蝠岳往復はあきらめて下山。三峰川は灰色の濁流、急な下山路を急いで下り過ぎたのか、後半膝が痛んだ。
 記録:
 6/27 霧ヶ峰==長谷村(車中泊)
 6/28 長谷村==三峰川林道・大曲−−大黒沢登山口6:50−−権右衛門岳巻き道(稜線)11:35−−12:20塩見小屋
 6/29 塩見小屋6:00−−大黒沢登山口−−大曲==霧ヶ峰


7.鳥倉−−三伏峠−−塩見岳(3047m)−−蝙蝠岳(2865m)往復:2007.07.18〜07.21
蝙蝠岳から見る塩見岳 −−−−−−−−−−−−−−− 塩見岳のお花畑

 一人で午後出発、大鹿村の鳥倉林道に入り登山口手前の駐車場で車中泊。7/19 霧雨、5:40出発、登山口まで林道歩き 45分、登山口から三伏峠経由塩見小屋に昼すぎ着(泊)。7/20 晴、小屋を早く出て1時間で塩見岳、蝙蝠分岐から北俣岳を へてコースタイムほどかからずに蝙蝠岳へ、花は少ないが眺めがいい。富士や南アの峰が四方によく見えた。塩見岳は ハクサンイチゲ、ミヤマキンバイ、ミヤマオダマキなどがきれい。好天、なかなか来られない蝙蝠岳で最後の2800m峰踏破。
 記録:
 7/18 霧ヶ峰==大鹿村鳥倉林道(車中泊)
 7/19 登山口6:30−−9:30三伏峠9:45−−本谷山10:30(昼食)10:45−−12:40塩見小屋
 7/20 塩見小屋4:55−−塩見岳6:00−−蝙蝠分岐6:40−−北俣岳−−鞍部7:30−−8:05蝙蝠岳−− 10:50塩見岳(昼食)11:20−−12:15塩見小屋
 7/21 塩見小屋5:00−−7:30三伏峠−−9:20鳥倉登山口==霧ヶ峰


8.奈良田−−広河内岳(2895m)−−白河内岳(2823m)往復:2004.07.25〜07.28
白河内岳山頂にて −−−−−−−−−−−−−−− 広河内岳下でのテント泊

 単独行、18:30頃奈良田に到着、登山口まで歩いて駐車スペースなど確認。車中泊。
 4時起床。登り出してすぐ雨になり、この4時間は雨の中、登りづめの急坂が厳しく体力も限度に近い。 広河内岳からはのんびり歩いてテントを張り早寝。夜まで雨止まず。
 7/27 5時前起床、8時前まで快晴、北、農鳥、塩見、荒川、富士の眺めがいい稜線を、踏跡を探しながら歩いた。 花は少ない、誰にも会わない。広河内への登り返しが結構きつかったが、大門沢の急坂も下りは楽々で大門沢小屋泊。
 7/28 好天、5時朝食、団体を見送ってゆっくり出発し、渓流沿いの樹林帯で楽な下り道。 取水口の上流は水量多くて釣れそう。
 記録:
 7/25 霧ヶ峰14:30==18:30頃奈良田。
 7/26 登山口4:15−−5:00朝食休憩5:30−−8:15大門沢小屋8:45−−12:45大門沢下降点13:00−−広河内岳14:00−− 15:00 2722mピーク下テント泊。
 7/27 テント5:20−−6:20大籠岳−−7:10白河内岳7:30−−9:15テント9:45−−10:30広河内岳10:40−− 11:05下降点11:15−−14:00大門沢小屋(泊)。
 7/28 6:15発−−8:45登山口9:00==12:10帰宅


9.広河原−−北岳(3192m)−−間ノ岳(3189m)−−塩見岳(3047m)−−三伏峠−−鹿塩:1966.08.03〜08.07

北岳・小太郎尾根にて   −−−−−−−−−−−−−−− 塩見あたりから北を望む  

 勤務先の仲間との初めての南アルプスは、名古屋から甲府経由、芦安鉱泉に泊まった。  初日は、暑い日で、米の入ったザックが重くて草すべりの標高差500mの急登がつらかった。翌日は霧、肩の小屋では 初めてのブロッケンを見た。3日目の朝、塩見岳ははるか彼方に見える、気を引き締めて出発。塩見岳(キスゲ、トリカブト、ダケブキ、 グンナイフウロなどが盛り)を経て三伏峠へ。最終日は、三伏峠のお花畑(シシウド、クルマユリゴゼンタチバナ)から 塩川へ、鹿塩鉱泉山景館で汗を流した。これが最初の本格的な山登りだった。
 記録:
 8/04 芦安鉱泉==広河原−−御池小屋−−小太郎尾根−−肩の小屋泊。
 8/05 肩の小屋−−北岳−−間ノ岳−−三峰−−熊の平小屋泊。
 8/06 熊の平小屋−−塩見岳−−三伏小屋泊。
 8/07 三伏峠−−塩川==鹿塩鉱泉==伊那大島++飯田線で豊橋・名古屋へ。


10.広河原−−北岳(3192m)−−間ノ岳(3189m)−−農鳥岳(3026m)−−奈良田:1979.08.18〜21
農鳥岳・間ノ岳・北岳 −−−−−−−−−−−−−−− 大樺沢を見下ろす  
 一人、霧ヶ峰から甲府、夜叉神峠経由で広河原へ(泊)。2日目からは雨の中、大樺沢左またコースをとり雪渓沿いの登山道を 右にバットレスを見上げながら登り、山頂を経て北岳小屋泊。3日目は、中白根、間ノ岳、農鳥岳と300mの稜線を歩き、 大門沢を下る。沢で汗を流し、大門沢小屋泊。学校に行く小屋の子供と一緒に奈良田まで下った。
 記録:
 8/18 霧ヶ峰==茅野++甲府==夜叉神==広河原小屋泊
 8/19 雨、広河原−−大樺沢−−八本歯のコル−−北岳−−北岳小屋泊
 8/20 雨、北岳小屋−−中白根−−間ノ岳−−西農鳥岳−−農鳥岳−−大門沢小屋泊
 8/21 雨、大門沢小屋−−奈良田温泉==身延++16:00日野


11.北沢峠−−仙丈ヶ岳(3033m)−−間ノ岳(3189m)−−北岳(3192m)−−広河原:2008.07.07〜07.10
キタダケソウ −−−−−−−−−−−−−−− 霧の間ノ岳山頂  

 単独行、梅雨の晴れ間を狙っての南アルプスだったが、北沢峠から仙丈ヶ岳・仙塩尾根・両俣小屋・三峰岳・間ノ岳 ・北岳を巡り広河原まで4日間霧の中。仙丈へは馬の背経由で登り、馬の背ヒュッテ前で鹿の高山植物食害調査チームに出会う。仙丈小屋1人泊。
 7/08 小雨仙塩尾根と両俣小屋を楽しみに、昼まで歩いて午後はガラガラの山小屋で読書などのんびり、 小屋について間もなく晴れてきたので、濡れ物を乾かし、外に出て読書。、雨の両俣の深みを大岩魚が泳いでいた。 「41人の嵐」。2人泊、いい小屋だ。
 7/09 仙塩尾根に登り返し、三峰岳、間ノ岳へ。間ノ岳で緊張が解けたのか小屋までずいぶん時間がかかった。
 7/10 北岳は霧の中で視界ゼロ、3000m峰もこれが最後かな。この時期に北岳でしか見られないキタダケソウは、 一面のハクサンイチゲの中に咲き残っていた。広河原からバスを乗りついで北沢峠、仙流荘へ。 高遠さくらの湯で汗を流して帰宅。
 記録:
 7/07 仙流荘8:00==9:00北沢峠9:00藪沢−−13:00仙丈小屋泊。
 7/08 5:00−−仙丈岳−−大仙丈岳−−伊那荒倉岳−−野呂川越−−11:00両俣小屋泊。
 7/09 5:00−−野呂川越−−9:30三峰岳−−間ノ岳:霧の中−−北岳山荘泊。
 7/10 5:30−−北岳−−肩の小屋−−小太郎尾根−−御池小屋−−11:00広河原==北沢峠==仙流荘==16:00帰宅


12.戸台−−北沢峠−−仙丈ヶ岳(3033m)−−甲斐駒ヶ岳(2966m)−−竹宇駒ヶ岳神社:1975.08.08〜08.11
早春の甲斐駒ヶ岳と仙丈ヶ岳 −−−−−−−−−−−−−−− 丹渓山荘前で昼食休憩  

 勤め先のグループでの仙丈・甲斐駒登山。夜行列車疲れの足で、戸台からの長い河原歩きと八丁坂の登りで北沢峠へ。 長衛小屋泊。8/9 仙丈ヶ岳へ馬の背経由で登り、小仙丈ヶ岳経由で下り北沢小屋まで登って泊まる。8/10は4時半に北沢小屋を出て、 仙水峠、駒津峰、六方石へ、白砂の歩きにくい道を登って9時前に快晴の山頂着。石造りの祠の前で記念撮影、360度の大展望。 あとは高低差のある黒戸尾根の長い下り、竹宇駒ヶ岳神社には16時半到着。 
 記録:
 8/08 新宿++伊那北
 8/09 伊那北==7:30戸台−−8:35白岩−−9:40寝木小屋沢--10:20丹渓山荘(昼食11:50)−−13:50 大平小屋−−14:30北沢峠 北沢長衛小屋泊
 8/10 長衛小屋6:00−−7:15大滝の頭−−8:00馬の背−−9:15仙丈ヶ岳11:00−−小仙丈ヶ岳−−12:15分岐−−13:00北沢峠 13:30−−14:00北沢小屋泊
 8/11 北沢小屋4:30−−5:00仙水峠−−6:30駒津峰7:00−−8:50駒ヶ岳9:30--11:15七合目小屋12:00−−13:00五合目−−16:30 竹宇駒ヶ岳神社==韮崎++帰宅。


13.北沢峠−−甲斐駒ヶ岳(2966m)−−仙丈ヶ岳(3033m)往復:2003.07.26〜07.28
一瞬の晴れ間、摩利支天峰 −−−−−−−−−−−−−−− 甲斐駒ヶ岳山頂にて  
 単独行、夕食後、長谷へ2時間ほど走って道の駅南アルプス村泊。初日の目的地は摩利支天峰。北沢峠の長衛荘は満室 と断られたが、直後にキャンセルが出て泊まれることになった。管理人のおばさんが元気いっぱい。霧の中を登ると時々 近くの山だけが見えた。2日目は大仙丈ヶ岳を目標に、霧で何も見えなかったが穏やかな日。仙丈ヶ岳から大仙丈が岳への 道には花が多く、図鑑にない花もいろいろ。
 記録:
 7/26 霧ヶ峰==長谷・南アルプス村(車中泊)
 7/27 道の駅5:30==仙流荘6:30==7:15北沢峠7:25−−9:40駒津峰−−11:05駒ヶ岳−−12:00摩利支天12:25 −−13:15駒津峰13:55−−15:40長衛荘泊。
 07/28 4:30−−大滝頭6:00−−小仙丈7:00−−仙丈8:00−−8:25大仙丈8:40−−仙丈9:05−−10:05小仙丈10:30 −−長衛荘12:10==仙流荘==15:40帰宅


14.夜叉神峠−−鳳凰山(2840m)−−御座石鉱泉: 1968.08.17〜08.19
日本第2の高峰・北岳 −−−−−−−−−−−−−−− 鳳凰山の花・ビランジ  
 東京から、芦安鉱泉泊まりで白峰三山の展望を楽しむ鳳凰山山へ。南御室小屋に泊まり、御座石鉱泉に下った。
 記録:
 8/17 甲府==芦安泊
 8/18 芦安−−夜叉神峠−−辻山−−南御室小屋泊
 8/19 南御室小屋−−薬師岳−−観音岳−−地蔵岳−−御座石鉱泉==韮崎


15.中道−−鳳凰山(2840m)−−青木鉱泉: 1999.05.18〜05.19
霧で見えない富士山 −−−−−−−−−−−−−−− 地蔵岳にて 

 二人で、釜無川の支流小武川沿いに青木鉱泉の先まで車で入り、中道コースを薬師岳へ。いきなりの急登だったが 前半は道もよくて歩きやすく、5時間で薬師岳山荘に着いた。コルリ、ジュウイチの声。後半は残雪があり、 足下に気を使う登り、山頂からは富士山(北側が白く、南側は黒く見える)、眼前の白峰三山はうすい霧を通して見えた。 薬師岳山荘は平日無人、2人だけの泊まり。夜になって風が強まる、寒いのでレスキューシートが役に立った。
 5/19 4:00起床、スープ、あんぱん、コーヒーの朝食。強風と霧の中を出発、観音岳から鳳凰小屋への近道(行きの下) を見送って地蔵岳へ。オベリスクは霧の中に一寸見えただけ。小雨の中、雪でルート探しに一苦労して鳳凰小屋へ。 コマドリの声、ツバメオモト、ユキザサ、ラショウモンカズラなど、滝のきれいなドンドコ沢沿いを下り、3.5時間の標識が あったが5時間近く掛かる長い道だった。茅野・河原温泉で汗を流した。
 記録:
 5/18 霧ヶ峰==中道登山口−−薬師岳山荘
 5/19 薬師岳山荘5:30−−観音岳−−地蔵岳−−鳳凰小屋−−青木鉱泉==霧ヶ峰


16.北沢峠−−早川尾根・アサヨ峰(2799m)−−地蔵岳往復−−広河原: 2009.09.08〜09.10
甲斐駒ヶ岳を背にして −−−−−−−−−−−−−−− 白雲湧く早川尾根 

 安定した好天が続くので、一人で南アルプス甲斐駒ヶ岳と鳳凰山を結ぶ早川尾根へ、駒、仙丈、北、間ノ岳を間近に見ながらの 尾根縦走、岩尾根や原生林の南アらしいコース。最高峰アサヨ峰(2799m)から先、登降がかなりあって結構きつかった。昔風の 小さな山小屋は中央が土間、畳ゴザの広間。宿泊2人。9/10朝は4.8℃の冷え込み、今日も快晴、体調もよく翌日は尾根の 最低鞍部広河原峠(2344m)を経て白鳳峠へ、ここから地蔵岳オベリスク頂上直下までピストンして、急傾斜の山道を広河原に 下ったが、歩きにくいところが多く、膝痛。2日とも快晴、北岳、間ノ岳、仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳など南ア北部の高峰を 眺めながら歩く静かな山旅、もう色々な茸が出ていた。
 記録:
 9/09 霧ヶ峰5:45==仙流荘==北沢峠9:00−−12:00栗沢山−−13:15アサヨ峰13:25−−15:30早川尾根小屋泊。
 9/10 早川尾根小屋5:15−−白鳳峠6:30−−高嶺7:50−−赤抜沢の頭8:35−−地蔵岳9:00−−9:50高嶺 −−10:40白鳳峠11:00−−13:05林道−−13:25広河原==北沢峠==仙流荘==霧ヶ峰。


地図が表示されないときは「更新」ボタンをクリック!!  南アルプス南端の2500m峰、光岳から赤石山脈の主稜線を
辿ると、上河内岳(2802m)、聖岳(3013m)、兎岳(2818m)、
中盛丸山(2807m)、大沢岳(2819m)、赤石岳(3120m)、
荒川三山(前岳 3008m、悪沢岳 3141m)、小河内岳(2803m)、
塩見岳(3047m)、三峰岳(2999m)から、北端の仙丈
ヶ岳(3033m)まで 2800mを越える高峰が聳えており、これに
加えて、北岳(3192m)、間ノ岳(3189m)、農鳥岳(3026m)
や、鳳凰三山(観音岳 2840m)、甲斐駒ヶ岳(2966m)などが
広大な南アルプスを形成している。

 このうち2800m以上のピークを登り切ろうと思ったが、
縦走コースを歩くときには、大抵、主稜線を通って、
一寸はずれたピークには足を向けないことが多いので、
登り残してしまった奥聖岳、北俣岳、蝙蝠岳、摩利支天峰
などに登るためには、もう一度主稜線まで出かけなければ
ならず、結構大変だった。

甲斐駒を望む(早川尾根・高嶺にて)

 南アルプス以外でも、北アルプスや八ヶ岳の高いとこ
ろは端から端まで歩き、中央アルプスも中心部は歩いた。

 でも、まだあちこちに行ってみたい山がある。
山登りは、いつも楽しく、いつまでも終わらない。




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