信州・四季の旅

八県と境を接する信濃の国・長野県、その中央にある霧ヶ峰高原へ一般道経由で入る各県からの旅路と 春夏秋冬の見所・味覚をご案内します。

まず、群馬県側からの主要ルート、碓氷峠越えの中山道を和田峠までです。


−−軽井沢散歩道
1.碓氷峠(標高1180m)には、奈良時代に東山道の碓日坂(入山峠:1971年に碓氷バイパス開通)ルートが開かれました。

鎌倉時代初期に上州坂本宿から信州軽井沢宿への旧碓氷峠越えの中山道が通じ、明治時代に中尾谷に新碓氷峠(R18ルート)、 1992には上信越自動車道が開通しました。

軽井沢からの旧中山道散策は、駅からまっすぐ北へ旧軽ロータリーを右方へ二手橋先の碓氷峠遊覧歩道碓氷峠見晴台、 熊野神社を巡る散策路がおすすめです。(二手橋−−>碓氷峠見晴台:90分)

今の軽井沢のお楽しみは、旧軽井沢散策、浅間山鬼押し出し、白糸の滝やプリンスショッピングプラザなど盛り沢山です。
2.沓掛宿は、軽井沢宿、追分宿とともに浅間三宿と呼ばれて栄えましたが、駅名が中軽井沢となって(1956)、今、 沓掛を名乗るのは長倉公園にある長谷川伸の小説の主人公『沓掛時次郎』の碑だけです。

ここから北にR146が小浅間山の脇を通って長野原、草津に向かっています。

おすすめの宿:カントリーイン ベルキャビン 0267-45-1963
スコットランドの小さなB&Bをお手本にしたアットホームな宿です。

−−浅間山を望む
3.北国街道への分岐点として繁栄した追分宿は、宿場の雰囲気を比較的色濃く残し、堀辰雄など多くの文人に 愛されたところです。「追分郷土館」では宿場の歴史が見られます。

旧道は一里塚の先から追分分去れまで1kmほどの間、R18の右側を通り、追分け宿の西はずれにある分去れの碑の先でR18をはずれて左に入り小田井宿に向かいます。

追分から塩名田まで15kmは中部北陸自然歩道「浅間を望む佐久平のみち」に指定されています。
−−テスト
4.宮家や公家の姫君の休泊に使われ「姫の宿」と呼ばれた小田井宿は旅籠5戸だけの小さな宿、本陣、問屋、旅籠、宿場用水や出桁造り縦格子の家など往時の風情が残っています。

1/20の寒の水(長野県無形民俗文化財)は、兎巾(ときん)をかぶり締め込み一つで水を浴びて熊野神社に兎巾を奉納する寒行です。
8/16の小田井宿祭りでは、皇女和宮から賜った拝領人形を籠に乗せて当時の扮装で行列します。
7月最終土曜、御代田駅北西4km浅間山ライン近くにある真楽寺の龍神祭りは甲賀三郎の伝説に基づく新しい祭りですが、 全長45mの龍が豪壮に舞って盛り上がります。
−−テスト
5.内藤氏16000石の城下町でもあった岩村田宿は、本陣、脇本陣はなく旅籠も少なかったが、善光寺道、下仁田道、佐久甲州街道を分岐する交通の要衝で経済の中心として栄えました。

湯川の断崖に立つ朱塗り懸崖造りの鼻顔稲荷神社、2月初午の日にだるまや縁起物の露店が立ち並び大にぎわいを見せます。
街中のひときわ高い総門は龍雲寺、武田信玄が信濃路出兵の都度、必ず戦勝祈願をした寺院です。

ここは全国的に有名な佐久鯉の産地で鯉料理店が多く、あらい、甘煮、鯉こくなど鯉料理が味わえます。
−−佐久鯉料理
6.千曲川畔の塩名田宿は、中宿・下宿・河原宿の三つに分かれ、川留めの滞在延長に備えて本陣が2軒ありました。
千曲川の川越しの宿として栄えた塩名田宿には、本陣や中津橋の下の舟つぎ石が残り、川魚料理の竹廼家 (たけのや) があります。

塩名田の手前の旧街道脇の駒形神社は、千年以上前の宮牧「望月の牧」の名残を伝えるもので、柿葺きの本殿は国の重要文化財です。
−−塩名田宿本陣
7.八幡宿は皇女和宮が降嫁の折りに宿泊。宿の入口には八幡神社があり、本陣と脇本陣に門と客殿などが残っています。

八幡神社では、柿葺きの旧本殿高良社(高麗社)が室町時代の特徴的な建築様式を残して、国の重要文化財に指定されていて、 他にも、彫刻の見事な本殿、拝殿、瑞垣門などが残っています。

塩名田から笠取峠まで15kmは中部北陸自然歩道「蓼科山麓と松並木のみち」に指定されています。
−−八幡神社
8.8月の満月の日、朝廷へ名馬を納めた望月。本陣跡には歴史民族資料館が建ち、かつての面影を残す脇本陣鷹野家、 重要文化財の真山(さなやま)家もあり、国道から一段下がった宿場町に往時の繁栄が偲ばれます。
福王寺の本尊、阿弥陀如来座像は中世仏教美術の代表作として重要文化財に指定されています。 樹齢300年の枝垂れ桜が美しい春の寺に立ち寄ってみませんか。

大伴神社例祭「榊祭り」は8/15夜、たいまつを手に山から駆け下りた数百人の若者がその炎を鹿曲川に投げ込み、 榊の御輿を地に叩きつけて一切の不浄を払い浄める火祭りです。
−−榊祭り
駒の里望月の草競馬は11/3、県内外から80頭を超える馬が集まり白熱のレースを繰り広げます。
鹿曲川沿いに南へ蓼科山方面に向かう山あいには、湯で肌がつるつるになる春日温泉があります。

芦田宿との中間にある茂田井は間の宿、格子窓の家、白壁の土蔵、重厚な屋根瓦など江戸の風情をそのまま残したような 軒並みと造り酒屋が伝統を誇っています。若山牧水もしばしば足を運んだところです。

「人の世に 楽しみ多し しかれども 酒なしにして 何のたのしみ」
−−茂田井の街並み
9.芦田宿の北側に、千曲川沿いに勢力を誇った豪族 滋野氏(真田氏の祖)ゆかりの津金寺があり、早春にはかたくりの花が見事です。

中山道を1kmほど進むと、笠取峠にかけて2kmにわたって小諸藩が植えた松並木があり、 往時の中山道をしのばせる150年から300年の赤松が残っています。ベンチなども整備されていますから一休みしていきませんか。
ひと登りするとR142 笠取峠、辿ってきた佐久平や浅間山方面を振り返ってみましょう。峠には小さな茶屋があり、 R142の新道と交錯しながら旧道が長久保宿に向かって下っていきます。
−−笠取峠松並木
10.長久保宿は、竪町と横町がL字型に隣接した宿場。表門と御殿が残る旧本陣の石合家があり、現存する中山道最古の建物 といわれています。大名や公家の泊まった御殿の間と呼ばれる書院造りの上段の間も残り、 古文書など江戸初期からの貴重な資料が多く保存されています。 近くには本卯建を残す釜鳴屋跡もあり、旅籠は43軒と長野県の中山道で2番目に多い宿でした。
長久保横町で左折してしばしR142を離れた旧道は大門街道(R152)を横切り、大門川・依田川を渡り、 R142バイパスではなく右に入って、依田川左岸を流れに沿って和田宿・和田峠に向かいます。
笠取峠から和田峠まで21kmは中部北陸自然歩道「和田峠と黒耀石の里のみち」に指定されています。
−−一服処 濱屋 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−昔の 依田川の橋
11.和田宿は、中山道最大の難所和田峠の手前にあり、参勤交代の大名も必ず宿泊しました。貴重な歴史遺産が多く、 R142の北側を旧道が走り、保存修復された本陣、脇本陣、庄屋、旅籠などが旧態を残しています。

この周辺は黒耀石の産地で、古代の鉱山発掘跡や石器が出土していて黒耀石資料館などがあります。

和田宿の北側高台にある久保の大枝垂れ桜は、樹齢300年以上、樹高20m、山を背にしてすっきり立つ姿が見事です。 ふるさとの味なら、農家レストラン「かあちゃん家(ち)」、幕末の旅籠の建物で和田宿本陣の前です。
南側依田川畔に、湯遊パーク ふれあいの湯や、地域の農産物を販売する和田宿ステーションがあります。
−−久保の大枝垂れ桜
12.中山道最大の難所和田峠(標高1600m)には、和田・男女倉口から旧中山道歴史の道(国史跡・車不可)が 永代人馬施行所(国史跡)、東餅屋跡を経て整備されています。峠中腹の人馬施行所では、冬期に峠越えする旅人に粥と焚き火を、牛馬には常時桶一杯の煮麦を施していました。
観音橋で右にR142旧道に入るとすぐ左に旧中山道入口、難所といわれた旧道を歩いてみませんか。(男女倉口−−>古峠:110分)。

峠の下をビーナスラインとR142新和田トンネルが通過しています。峠から遠く見下ろす下諏訪宿(20km)は、甲州街道の終点、 中山道唯一の温泉、諏訪大社の門前町として栄えました。
−−中山道和田宿

おすすめの宿:カントリーイン ゼフィール 090-4839-7929

長久保宿からR152を北上、または和田宿男女倉からブランシュたかやま経由で15分程、エコーバレースキー場の落葉松林の中にあります。
標高1500m・霧ケ峰高原の緑蔭、大人向きのB&Bの宿、自然やくつろぎを求める一人旅、二人旅、シニアの方歓迎します(お子様向きではありません)。 誠意・清潔・静寂、洋7室(バス付・禁煙)、 読書室と 小浴室、高原の自然やスポーツに好適です。

格別のお構いはいたしません、あなた流の旅をゆっくりお楽しみ下さい。